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小論・雑記
「市町村合併で教育に期待するもの」講演再録

私が約2年前に市内の校長先生を前にお話したものです。教育についての私の考え方の基礎になる部分を述べたつもりです。大変長文ですが、「函館でこれからの子どもたちの教育をどうしていくか」にご関心のあるかたにはぜひ読んでいただきたいと思います。
(なお、本講演録の一部(永谷先生・岡野先生の項は本ブログの中で−子どもは希望の光です−)としてすでに掲載していますので、割愛します。

函館市小・中学校校長会 経営研究会
平成17年1月12日(水) 10時〜11時30分
函館市勤労者福祉センター
演題:「市町村合併で教育に期待するもの」

−はじめに−
○皆様、新年あけましておめでとうございます。
 ご紹介いただきました函館市助役の西尾でございます。
 今日は新年早々、小・中学校長会の第1回目の研修会にお招きをいただきましてありがとうございます。
 お忙しい校長先生方の時間を拘束しお話を聞いていただくのが、私で良いのかという思いもありますが、折角の時間をいただきましたので、これから1時間と少しお付き合いをいただきたいと存じます。

○お話の題は、「市町村合併で教育に期待するもの」とつけていただきましたので、昨年12月1日の4町村との合併も含めて、教育のことや、時間があれば函館のまちづくりに関して、普段私が感じていることを中心に話を進めさせていただきます。

○なお、皆様のお手元に、「函館圏・函館市の人口推移と主な出来事」というA3一枚ものをお配りしておりますが、大正9年に日本で初めて国勢調査が実施されて以降の函館市を含む地域の推移や出来事を表にしたものでございます。
 後で時間があれば、少し説明もさせていただきますが、話に飽きたらそちらの方に目をやって、「ああ、こんなこともあったのか」と函館の歴史を楽しんでいただければと思います。

−学校と教育委員会の思い出−
○専門家の校長先生たちを前にして、「教育」を語るのはどうも勇気のいることですが、実は私は平成3年に企画部に来るまで、12年ほど教育委員会におりまして青柳町の図書館、学校教育課、スポーツ課、社会教育課、文化・スポーツ財団と、転々と異動しておりまして、
 市役所の職員に本籍というものがあるとすれば私の本籍は教育委員会と思っております。

○特に、学校教育課には6年おりまして教職員人事の仕事をさせていただきましたので、先生方のお名前だけは人事記録カードでいくらか記憶にあります。
 記憶にあるお名前を聞くと本当に懐かしい気がしますが、ちょうどその時期に私の2人の娘が学齢期でもありましたので、「教育」についていろいろと考えさせられることもございました。

○「学校教育」というのは、「社会教育」と較べて、どちらかというと地味な役割で子どもたちの学力が落ちたとか、事故が起きたとかしない限りあまり話題にされないことが多いような気がします。
 一般的に、人間は一生に2度しか学校教育に関係することがありません。
 自分が通って教育を受けている時と、子どもがお世話になっている時だけですから、それを過ぎると、あまり興味を持ってもらえない、意見も言わないというのが、実態ではないかと思いますが、
 地味で、在って当たり前のものであっても、社会を支えていく人間を育てる仕事ですから、「しっかりとした学校教育無くして、健全な社会は成り立たない」、まさに当然のこととして社会の最も根幹となるものでしょう。

○校長先生方は、今は、親の価値観も、多種・多様に広がっていますから、いろいろな対応が難しい時代に入っていると思います。組合もありますし、自由自在に学校経営を、というわけにはいかない時代になっています。
 どんどん新しい価値観が入れ替わっては消えして、変化が激しい現代の社会で、凶悪犯罪や少年犯罪が増加したり、若者はフリーターといわれる人が増えたり、何か、社会全体が、どこに向かっていくか分からない、不安定な時代と言われて久しくなりますが、こういう時代の学校教育ですから、本当に難しいものと思います。

1.柳田邦男について
○少し、話が逸れますが、今の時代を表現する意味で、柳田邦男さんという作家が「この国の失敗の本質」という本の書いていますので、ご紹介させてください。

 柳田邦男さんは、NHKの記者から、航空機事故を扱った「マッハの恐怖」や、第二次世界大戦の開戦を扱った「マリコ」、「20世紀は人間を幸福にしたか」といったノンフィクションを書いている作家ですが、この本の中に、「親子二世代の危機の構造」というくだりがあります。

○今の日本を悪くしているのは、団塊の世代とその子どもたちだと、述べられておりまして、校長先生も私も、皆、団塊の世代ですから、事実とすれば、大変、責任を感じるわけですが、少し長くなりますが、そのくだりを読ませていただきます。

○「この国の危機は、高度成長初期も実社会に登場した世代とその子どもたちの世代の二層構造で同時進行の形で表面化している。もちろんそれは時代論・世代論である。ちゃんとした家庭も、まだたくさんあるなどというのは、事態の深刻さに対する想像力の欠如以外の何ものでもない」と強く語っておりまして、
 今日の状態を、第二次大戦以来の、「心の敗戦」と呼んで、それを次のように解説しております。

○「二つの世代がセットになって、現在の日本の危機を演じている。一つの世代は、昭和30年代から40年代にかけて、官僚や企業人になり、高度成長からバブル経済とその崩壊までを演じてきた人々だ。モーレツ世代と言おうか。
 そして、もうひとつの世代は、その息子や娘たちにあたる若者や少年少女たちだ。不登校、非行と犯罪、いじめ、学校内暴力、心の病気などによって、大人たちに危機のシグナルを送り続けている。
 戦争と飢えを知る戦中派が、まず戦後社会を企業中心社会として再生させると、その次(私たちですが)のモーレツ世代は、モノ信仰・カネ信仰の信者となって、あらゆるモノを身の回りに氾濫させ、息子や娘たちにカネの不自由をさせなくした。
 その結果、モーレツ世代の息子や娘たちは、あふれるモノとカネの中で、親たちの路線ではもはやチャレンジするものは、何もなくなってしまった。努力して所得を増やすとか、努力して地位を得るとか、そういうことは親たちが全部とことんやってしまったのだ。それが現代の若者や少年少女の状況ではないか」
※「地べたに座り込んでしまっている」この子たちの、さらにその子を皆さんは、教えているのですから、事実とすれば、まさに大変です。

 「作家の山田詠美さんの作品のなかに、勉強ができる秀才に向かって、女の子が、<それがどうしたの>というシーンがあった。
 これは今の日本の状況を考えるうえで、とても興味が深い言葉だ。確かに勉強して良い成績を取り、自分なりに道を選んで、官僚や企業人になったり、研究者になったりするのは、大事な生き方ではある。
 しかし、それはひとつの生き方に過ぎない。社会のエリートになるのが、万人にとっても人生最高の目標であるわけではない。それは乗れない人間が駄目な人と言えないというのも当たり前のことだ。
 どうも、そのあたりが、成長信仰の教育の中で歪められてしまった。学校の成績が良いことと人間としての内実が裕であることは、必ずしも一致しないのに、同列であるかのような幻想を教育がつくってしまった。このあたりのバカバカしさを、山田さんは、<それがどうしたの>という台詞で痛烈に皮肉っている」

 「今の子どもたちは、親からほとんど胎教に近い形で人生のコースを教えられている。昭和の初めの母親たちはわが子に対し、地味に生きなさい、安定が大事です、と教育として、役人や教員を進めた。(私とみなさん)。ところが今の母親は、エリート官僚になって出世してどこか大きな会社の重役に天下ってほしいと思いながら、幼稚園からそのエスカレーターに乗せようとしている。※東京の私学教育
 繰り返すなら、問われているのは、官僚や企業人一人ひとりの価値観であり、大人たちの価値観なのだ。高級官僚になって、将来いい思いをしようとする親は子どもの価値観に<それがどうしたの>と言える人間が増えてくれば、日本も少しは変わるかもしれない」

○長い引用で、しかも新年早々、少し深刻で暗いかもしれませんが、またこの本は1998年の何年も前の本ですから、時代背景もずれてきているかもしれませんが、こういう見方もあるということで、ご紹介させていただきました。
 私たちは、団塊の世代で競争を這い上がってきた、モーレツ世代となるのでしょうが、そのことに、少し、反省の意味も込めて、もっと穏やかで、あまり慾も持たないで、アッケラカンとした明るさを持った仕事のやり方や、教育の仕方を追求していかなければと思いまして、紹介しました。

※今の中国やロシア、韓国に行けば、私たちの世代が、若者として、いっぱいいるというのが、世界的な現状で、日本は成熟から爛熟期・崩壊期に入っているかもしれません。


○教育委員会時代は、ちょうど、娘たちが小・中学校の学齢期でもありました。
 
○中学校に入ってからは、内申書というもので、考えさせられた記憶があります。
 娘は、1年生の3学期に、重い病気になって入院しましたが、3学期の試験を受けないと、1・2学期、どんなに成績が良くても、オール1になるということで担任の先生が、わざわざ病室まで来て、試験をやってくれたことがあります。
 ありがたい先生だと、本当に感謝しましたが、病気でしかたないのに、変だなと思わせられました。
 2年になってから、体育は見学が続きましたが、見学は、1だそうで(ペーパーテストもあると思うのですが)、1がひとつでもあれば、絶対、中部は受けられなくなるとのことで、2におまけしておいたと言われた時は、ショックを感じました。
 今はどうなのか、病気のような本人にとっては不可抗力のものをどう評価するのか、親として矛盾を感じざるを得ませんでした。

○内申書に関しては、学校教育課の仕事上でも、感じたことがあります。
 ある学校で、体罰がひどく、これは永谷先生のようなゲンコツではなく、当時、中学校が荒れていた時期でもあってか、組織的な学校の経営方針としての体罰ですが、「先生に殴られる」ということで、生徒から学校教育課に電話も入りました。
 指導室の先生は、外勤していることが多いので、私がとって伝えましたが、校長先生は、「いろいろな意見や投書もいっぱい来ているが、みんな匿名だ。署名入りの投書でなければ僕は相手をしない」といって、あまり取り合ってもらえませんでした。
 その考え方には、私も内心怒ったのですが、考えてみれば、父兄の方は、子どもの内申書が気になりますから、面と向かってははっきりとものが言えないわけです。
 そうなれば、中学校全体が刑務所のようなもので、学校を明るいものにするには、いっそのこと見直してはと思ったりしました。

○今は高校受験にどの程度反映されているのかは分かりませんが、こういう電話もありました。
 「どうしても、東高校に入りたい。そのために、浪人してもがんばりたいと思っているが、先生からは浪人しても届かないと言われている。どうしたら良いだろう」という子どもからの相談です。
 たぶん、内申書が悪いために、受験点数がよほど良くなっても、総合点では届かないということだと思います。
 それでは、奥手の子や、先生に気に入られない子(先生も完全無欠ではありませんから)、少し不良の子などはどうすればいいのか、矛盾を感じたこともあります。

○今、私の中学校同期で、中部から教育大学を出て、立派に市の部長をしている友人がおりますが、これは中学時代はまったくの不良でしたから、今の時代であれば、おそらく中部には進めなかったと思います。
 その後の人生も大きく変わっていたかも知れません。

○教育は子どもの人生の選択の幅を広げてあげることにもあるのでしょうから、受験競争が激しかった時代に浪人を作らないようにと始まった内申制度も、今も変わっていないとすれば、ある程度、見直しの時期に来ているのではないでしょうか。
 素人ながらに、こういうことを言って申し訳ありませんが、中学校生活を明るくするためにも、自分の体験から、そう思っています。
 人生は、運・不運がつきものですから、受験だって、体調がわるいとか、その時の精神状態とか、運は天に任せる気持ちで、カラッと、運否天賦でも良いのではと思ったりします。

○高校教育も、学力の低下だとか、いろいろなことが言われております。
 札幌勢が元気で、函館の公教育はなぜ、こんなに低下したのかと言われることがあります。私学はがんばっているが、公立が元気ではない。
 我々の頃は、小学区制で、できる子もできない子も一緒に、決まった学校しかいけませんでしたが、大学区制になって、一定の同一レベルの子を集めてから、悪くなってきているようなことも、言われております。
 東高も北高も統合を計画しておりますが、新しい発想で、市立だからこそできる新しい教育をつくっていくため、本当にがんばってほしいと願っております。

○できる子ができない子に教えて、教えることで、さらにできるようになる。できない子は、体力があるとか、男気があるとか、いろいろな才能を持っていて、いざという時には、借りがあるできる子を守ってやるといった、そういった多種・多様な子が共存して、助け合い・相互扶助・共生の関係があったほうが、人間はむしろ切磋琢磨して伸びていくのではないでしょうか。

−相互扶助・共生ということ−
○私は市役所の助役でありますから、内申制度や高校の学区制など、教育制度の中身は良く分からないわけですが、教育委員会時代に感じたことを、ありのままに教育をこうあってほしいなあと、一度は言ってみたいと思っていたことをお話させていただきました。
 この思いのキーワードは、助け合い・相互扶助・共生という言葉と、先生の「愛情」という言葉ですが、このことを話したいために、素人ながらに、子ども時代と教育委員会時代を思い出しながら、話してみました。
 この言葉は、市町村合併の問題にも通じるものがあるような気がしています。

1.市町村合併について
○そこで、昨年12月1日の函館市と戸井町・恵山町・椴法華村・南茅部町の4町村の合併について、お話させていただきたいと思います。
 北海道で、昭和の合併は、昭和48年12月1日の函館市と亀田市の合併が最後で、今回の平成の大合併でも、また函館市が第1号ということですから、これが名誉なことなのかどうかは別として、短期間にすこぶる順調に話が進んだと言えます。

○いままでの歴史・経過や、やり方も違う、歴史が違えば気風・風土も違うという、5つの自治体のいわば結婚ですから、調整や統合のための事務作業の大量も、たいへんなものがあるということで、
 当初は、時間もないし、1市5制度でどうか、といったことも考えられました。香港は、中国に返還されましたが、1国2制度で、全く別の制度で運営されている。都市の漁村は性格が違うのだから、ありのままの制度で、まず結婚だけを先にしたらどうかという発想ですが、それはそれとして、一定の調整も済んで、合併にこぎつけたわけです。

○全国的には、合併協議が破綻しているところもあるわけですが、成功した大きな理由は、私としては、大きく2つだったと考えています。

 1つは、事務部門で合併調査室を先に立ち上げたということです。
 合併を検討するのであれば、まず、それぞれが優秀と思う職員を代表選手で出して、同じ部屋に入れて、カンズメにして、同じ釜の飯を食べさせて、地域全体のことを上下の隔てなく、自由な発想で議論し・検討してほしいということをやりました。
 選りすぐりの職員ですから、事務能力や調整能力はもちろん、市役所や役場全体の連帯感を培っていくうえで、雰囲気づくりに、大きな貢献をしたと思っています。 

 2つ目は、井上市長を含めて、首長さんたちの意識と信頼関係です。
 地方交付税の削減といった国と地方の関係の変化や、人口の減少、産業の衰退など、地域が置かれている厳しい状況の中ですから、首長さんたちには、合併によって地域全体の活路を開いていくという強い意志があったことが大きかったと思います。
 また、都市と漁村、大きい自治体と小さい自治体、その性格は異なっていますが、お互いの良い面を尊敬の念をもってみて、認め合っていくという、首長同士の信頼関係があったのも大きいと思います。 ※男女の結婚も同じ

○この他、議会や関係団体、市民の協力など、いろいろな要素がありますが、この2つがポイントだったと思います。
 今、お話した、多種・多様なものの「相互扶助・共生」、お互いに認め合う「愛情」という言葉にも通じるのではないでしょうか。

2.都市と漁村で、新しい文化をつくる
○今回の合併は、広大な地域に点在する集落を抱えた漁村との合併ということでは、いろいろと特異性があります。
 例えば、仮に函館と上磯の合併であれば、都市圏と都市圏の合併ですから、それほど性格が変わってくることはありませんが、都市と漁村で広域自治体を形成するというのは、全国的にも珍しい例があると思います。

○そういう意味では、「新しい日本のかたち」につながる「実験的自治体」とでも呼びたくなる誘惑にかられるわけですが、
 都市と漁村ですから、生活習慣や気風も違う人間が交流することで、新しい文化が生まれてこないだろうかという期待もあります。
 函館市は歴史のある都市として、独特のやり方が確立してあるわけですが、おそらく、これから職員も異動などで交流し出すと、お互いに影響しあって、新しい発想や仕事のやり方、新しい文化が生まれてくるのでは、という期待もあるわけです。
※東京の知事がやたらと威勢が良くて、「東京こそ日本の国家」であるかのごとき言動もよく聞こえてきますが、東京と地方都市、農漁村の田舎の関係を考えると、田舎の自治体からこそ、日本に影響力を与えて、今日の価値観をひっくり返してみたいと思いにもかられるわけです。

3.組織・人材の育成について
○今回の合併は、どの自治体も海で開けてきた地域ですから、「海がキーワード」と言われています。
 確かに、水揚げでは200から240億円、日本一の豊かな海を持った沿岸漁業のまちとなりますから、これを、今、北大水産学部が中心になって産学官で取り組んでいる函館の国際水産海洋都市構想につなげて、研究開発で付加価値を高めて、二次産業に波及させたり、さらにそれを、流通・観光などの三次産業に波及させていけば、産業連関としては、雇用も含めて大変な効果が期待されております。

○いろいろな夢が膨らんでいますが、私は一番は人の効果ではと思っています。
 函館と全く違った組織風土・やり方で育った職員が、人事交流で入ってくると、町村でもたくさん人材も抱えていますし、もしかすると、市の職員の気質や函館市自体が変わってくるかも知れない。面白いのではと思います。
 そうした変化の期待は、団体や市民レベルでも同じではと思いますが、合併が成ったといっても、まだ、枠組みが出来て、スタートラインについたばかりということですから、これからが大事です。

○そのためには、学校教育と同じでありまして、大きくなった組織であっても、人材をどう育てて、生き生きと人の力を引き出していけるかが一番の課題です。

○合併の話があった時に、報道機関の方から面白い話を聞きました。ある生物学者の研究ですが、働き蟻の巣を研究すると、本当に一生懸命働いているのは1割の蟻で、2割はまあまあ働いている、あとの7割は働いている振りをしてうろうろしているが実はあまり働いていないのだそうです。
 そこで働いている3割の蟻だけで巣を作らせて見るとやはり1割、2割、7割に分かれたそうです。

○今、町村の小さな組織の中で一生懸命に働いている、見ていて立派だなと思う職員がたくさんいるわけですが、大きくなれば薄まってしまってダメになってしまう。
 そうすると合併で大きな組織にしてしまうのは間違いではないかとなるわけですが、ものの本によると、人間は蟻ととは違うのでそうでもないようです。

○何年か前に、慶應義塾大学の清水という先生が、北海道東北開発公庫の研究会で、「企業成長の条件と経営者能力」という講演をしておりますが、良い会社というのは上から下まで全部が頭を使っている会社で、悪い会社というのは上の2、3人は頭を使っているが下は頭を使わない会社と言っておりまして、どうしたらみんなにやる気を起こせて、良い社会にしていくかはみんなへの動機付けによるといっております。

○そして、動機付けには、いろいろな方法があるが、まずどこでも通用する方法は、「褒める」ことだそうです。何だって褒めてしまうこと。しかも、一人の人間だけが気持ち良くなってもダメで、みんながいい気持ちにならなければならないので、(ここが難しいそうですが)、平均的な人間が少しでもいいことをしたら褒めろというのが、「基本」であると言っています。
 そして、人間は褒められて周りに認められると能力がつくし、周りにバカにされると能力がなくなってしまう生き物だそうです。

○この先生は、「世の中、平等の法則」ということも言っています。Aという子はよくできるが、Bという子は中くらいしかできないとすると、Aの子の母親は、少しでも良い小学校・少しでも良い中学校・少しでも良い高校と入れていきます。すると、良い学校には必ず出来る子がいますから、だんだん自信を喪失して、慶応大学に来る頃には、AとBは同じ能力になっているのだそうです。

○人間というものは平等で、褒めて、いい気持ちにさせて、動機付けをしてやり、自信を持たせていくのが、一番伸びるし、元気ないい組織も出来ていくということでしょう。
 子供だって、一次の直線でまっすぐに成績が伸びていくわけではなく、動機付けとか自信とかで、ある時期にぐーんと飛躍したりするのではないでしょうか。教育者である校長先生方には、至極当然の教育論なのかも知れませんが、私も今年からはモデルチェンジをして、とにかく職員を褒めることから始めたいと思っています。

○「地域力は人間力」ということがよく言われておりますが、合併の一番の成果は、人間力が増えたことにあると思いたい。それを育てていけば、きっと元気でいい地域が出来ていくものと考えています。
 函館の子供たちも、この合併によって、都市という今までの環境とは一味違った新しい環境、新しく触れ合える場や、人との交流の機会を与えられたわけですから、学校教育の中でも、それを生かしてあげていってほしいと思います。

−むすび−
○昨年は、函館でも台風18号の大きな被害があったり、それを打ち消すかのような新潟中越地震の被害、さらに、年末にはスマトラ沖地震とインド洋の大津波で15万人が一瞬にして亡くなるといった大災害の年でした。
 2004年の漢字は、「災」だそうでして、まさに人間は地球の表面で地球によって生かされている、はかない存在とも思わせられました。
 であれば、もっと平和に仲良く助け合って平穏に暮らせばよいのにと思うわけですが、世界中を見ても、世の中なかなかそうはなっていないようですし、これから社会に出て行く子どもたちが一番大変だなあと思います。

○しかし、地域的には、函館は今、合併で新しい地域づくりの夢が広がったことや、北海道新幹線の今年度の着工が決まったことなどで、比較的元気が出てきております。
・また、合併によって今年中には、おそらく中核市に移行しますが、さまざまな権限が委譲されて教職員の研修の仕事や、いずれは政令市の札幌のように人事権までがくることになりそうです。
・さらに、今、未来大や北大、函館大学といった地域の大学も元気です。独立法人化して、北大は国際水産海洋都市構想を進めていますし、教育大学も開放型の教員教育ができる教養系として方向が定まってきましたので、魅力ある地域の大学として発展していってほしいと思います。

○新しい函館市の発展の可能性は
・陸、海、空の総合的な交通要衝のまち
・国際性をもった極東地域の拠点のまち
・水産・海洋や情報など、教育・学術研究といった人材育成のまち、そしてそれに関する産業がはりついているまち
・観光・コンベンションなどで人々が交流できるまち
など、たくさんの可能性がありますので、すべて地域の人の働きにかかっていますから、教育を充実させて地域の人間力を高めていくことが、一番大切なことだろうと考えています。

○そのために、市役所も頑張りますので、皆さんも是非がんばっていただきたいということを申し上げて、また、私のつたない話を長時間お付き合いをいただきましたので、井上市長に対年度の予算をたくさんつけてもらえるよう(できるできないは別として)、私も頑張りますと申し上げて、終わらせていただきます。
 今日は御清聴本当にありがとうございました。

2007年1月28日 ブログ「アリババのつぶやき」掲載分を転載

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